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2004.08.24

懐かしの我が家は旅立ちの日

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大きいおばあちゃんが送り盆の16日に亡くなった。14日にお見舞いに行った時はそんなに苦しい様子も見えなかったのに・・・診断書には脳出血の後遺症と書いてあった。

大きいおばあちゃんと呼ぶのは小さいおばあちゃんがいるからであって、そこら辺の説明をするのに昔っから兄と弟と私はいつも長~く話さなければならなかった。ややこしいの(;_;)

大きいおばあちゃんの名まえはチヨ子。
チヨ子お婆ちゃんは2001年の9月3日に自宅で倒れて救急車で病院に運ばれ入院した。意識はそのときから無く、亡くなるまで一度も現実に戻ることなく、天国へ旅たっていった。

弟はチヨ子お婆ちゃんの子供で42歳で弟を初出産した。そのつれあいの祖父は弟が小学5年生の時に旅立ってしまった。その後、チヨ子お婆ちゃんと私の両親が弟を育てた。弟は父親が亡くなったときの記憶を細かく覚えていないようだが、小5とはそんなものであろうか?

祖父はデパートマンでして、夏には白いスーツ姿、蝶ネクタイに帽子でバッチリ決め込んだおしゃれさんでした。
若い頃は横浜にいて英会話を学び、デパートに外人のお客さまが来ると祖父が相手をしていたそうだ。
そんな事、亡くなってから初めて知りました。
新婚旅行は伊香保温泉、榛名湖へ行き、そのときに写した記念写真は着物や思い出の品と一緒に棺に納めた。
ふっくらとした面顔で初々しさが一目でわかる。
勿論、白黒写真ですがなんともいえない優しい味わいを感じさせる一枚である。

身内と血縁では無い人の死とではこうも思いやりの違いに差があるものだと。
遠い県から出向くのは大変なんだろう。
会社のトップが忌引きをしたら会社がどうにかなってしまうのであろう。
自分の身内には知らせないから・・というのは。
私が文句も言わないで今まで黙ってきたからいけないのだろう。
でも、もう文句は絶対に言うもんか。
だって、言ったら涙が止まらなくなってしまうから。

初めて湯灌の儀式を見た。
父の時は母が嫌がってオープンにはしなかった。
チヨ子お婆ちゃんは綺麗好きでおしゃれさんだった。年をとつてからは外出する時は必ず新しい下着をつけると私に話していた。外で倒れたら恥ずかしいからだって。
髪の毛をシャンプーしてもらい、ボディーソープで綺麗に洗ってもらってほわほわのタオルで丁寧に拭いてもらってまるで眠っている間にお風呂を済ませたようなそんな感じのようでした。
病院生活が長かったわりにはふっくらした顔で何の苦も感じていない穏やかな顔であったのが救いであった。

旅立ちの装束の説明を丁寧にしてくださり、大きいおばあちゃんは一人っきりで旅立っていった。
きっと、天国で祖父が待っていてくれると思う。

倒れて丸三年間ずうっと病院で日々を過ごし、やっと安らぎの我が家に戻れた日は旅たちの日だったなんて、泣けてきた・・。
大きいおばあちゃん、天国でおじいちゃんと幸せにね。

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